るねっさ日記

暇なときにてきとうにつづるだけのブログです。更新未定。

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待ちに待った

春休み到来!!

今期のポリクリも無事終了し、ついに人生最後(かもしれない)休みを迎えました。
このブログも一ヶ月ぶりの更新・・・。
飽きっぽい性格はなかなか治りません(笑)

この一ヶ月での変化といえば、何といっても新しいちゃりんこのゲットです。
巷でクロスバイクと言われているやつで、マウンテンバイクとロードレーサー(ハンドル逆についてるやつね)のちょうど中間といえば想像してもらえるでしょうか。
父親のおさがりですが、だいぶ気に入ってます。

ゲットしてからすぐ、自転車屋さんに行ったんです。
とりあえずサドルとタイヤを替えた方がいいよって友達に教えてもらっていたので。
それでびっくりしたんですが、ああいう「ちょっといい自転車」をいじるのってすごくお金がかかるんですね。
サドルとタイヤと、壊れていたブレーキパッドを交換して・・・。
合計約2万円弱!!
新品のちゃりんこが買えちゃうではないか(汗)

せっかくお金をかけたんだから有効活用しなくちゃいけませんよね。
というわけでこの春休みは、新しい相棒とどっか行けたらいいなあって思ってます。
おすすめのサイクリングコースなどありましたら、ぜひぜひ教えてくださいませ☆
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  1. 2006/03/03(金) 17:18:42|
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緊急事態

雪しんしんと降りつもる・・・

っていうのは、誰が考え出した表現なんでしょうか。
確かに、寝静まった街の暗闇の中で降りしきる雪を眺めていると、これ以上ふさわしい表現はないように思います。
寒さもいっそう深まる、二月第一週のポリクリは麻酔科から。

とある病院のおはなし。

激しい雷雨に見舞われたその日、ある先生がオペをしていました。
そこに耳をつんざくような轟音。
どうやら隣のビルに雷が落ちたらしいのです。
それと同時に突然の停電。
通常であれば作動するはずの非常電源がなぜか反応せず、あたりは真っ暗闇に。
患者さんはオペの真っ最中で、もちろん放っておくわけにはいきません。
かといってライトもつかず、どこに何があるかすら分からない・・・。
この非常事態を、その先生はどうやって切り抜けたのでしょうか?

実はこのオペ、幸いなことに簡単な痔の手術だったんですね。
とりあえず明かりさえあれば何とかなるっていうことで、先生は懐中電灯を用意させました。
んでもってそれを自分の口にくわえて術野を照らしながら、最後までやっちゃったそうなんです。

執念というかなんというか、これがあるべき医師の姿というやつでしょうか。
暗闇の中、メスとハサミを握り締め、口には一本の懐中電灯。
その光の先にある○○を必死で睨みつけている一人の男。
彼の名は、Mr.プロフェッショナル。
・・・ぷぷっ。

お食事中の方、失礼いたしました。
  1. 2006/02/06(月) 16:34:23|
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何事もほどほどに

ホルメシス(hormesis)
という単語をご存知ですか?

とあるHPには、下のような解説がのっていました。
『ホルメシスは”J形”用量反応曲線を意味する用語である。例えば、グラフにおいて用量が0から右方向に増大すると反応は最初は抑制されて曝露がない場合のレベル以下に下がる。用量が最低の反応が見られる点を超えると、反応は上昇する。』

難しそうな話ですが、人体にあてはめて考えると分かり易いかと思います。
つまりある刺激が存在するとして、刺激が小さいうちは人体に良い影響を与えていたのが、刺激が大きくなると一転して悪影響を及ぼすようになるということです。
例えばどれだけ効く薬であっても、度をこえて使いすぎると副作用が出ますよね。

ですがこの理論を逆から考えてみると、
「どれだけ人体に悪いと思われている刺激でも、それを限りなく少なくしていけばどこかでプラスの作用が出てくるのではないか」
というアイデアに行き当たります。

実際に次のような研究があるそうです。
広島の原爆投下について、白血病発生率の統計をとりました。
すると、もちろん爆心地から同心円状に発生率が低下していくのですが、ある地域から先では、自然発生率よりも低い結果が得られたというのです。

ちょっと不謹慎かもしれませんが、興味深い結果ですね。
  1. 2006/02/03(金) 18:03:46|
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でらうみゃー

昨日、名古屋なるところに行って参りました。

味噌かつなるものを食しました。
豚肉をカツ揚げにして味噌を塗りつけただけという、至極つまらないものでした。
味噌煮込みうどんなるものも食しました。
小麦粉を練った麺を味噌で煮込むだけという、これまた書くまでもないつまらないものでした。
味噌煮込みおでんなるものも食そうかと店に入りました。
・・・もう語るまでもないでしょう。

さすがの私も少々頭にきました。
昔っから料理の味付けといえば、さしすせそと決まっておるのです。
素材の下ごしらえから始まり、丁寧にだしをとり、繊細かつ慎重な味付け。
こうした膨大な時間こそが、食の魅力を深めるわけです。
それが何ですか、いったい。
揚げて塗るだけ、煮込むだけ。
「そ」なんて、さ行の一番最後ですよ!?

「おいおっさん。なんじゃこの手抜き料理は。われなめとったらいてまうぞ、こらぁ!」
と、思わず怒鳴りつけてやりました。
おっさんは腰を曲げ曲げ、冷や汗をぬぐいながら
「へ、へい!申し訳ありやせん。確かにこんな食いもんだかワン公の餌だか分かんねえようなもんを人様にお出しするなんざ、このままじゃ恥ずかしくてご先祖さまに顔向けできやしやせん。お客さま、あなたさまのその眼光、どこぞの名のある料亭の方だとお見受けしやした。どうぞこの哀れな爺めに、料理のいろはってなもんを一つ、教えてやっちゃあくれねえでしょうか。」
おっさんはさらに礼として、18歳になったばかりの一人娘も差し出すという。
見ればなかなか器量もよい。
私は調理場に入り、とりあえず昆布だしのとり方から教えてやった。

・・・というのは嘘で、実際は怒鳴りつけてやるのは食ってからでも遅くないと思い直し、とりあえず食しました。
決しておっさんの横に立っていた、スキンヘッドのいかつい兄ちゃんにちびったわけではない。

食べて分かりました。
うまい。
名古屋の味噌ってのは関西のとは違うんでしょうか。
辛みや塩っけがなくてほんのり甘く、それだけで主役になってしまいます。
おでんのみならず、味噌カツも味噌煮込みうどんも、食したものはことごとく激烈美味でした。
他にも手羽先やらきしめんやら食べてきましたが、名古屋はおいしいもんの宝庫ですね。

それにしてもあれだけ味噌味噌っていうのはどうなんでしょう。
何でもかんでも味噌にしときゃいいってわけじゃないだろうに・・・。
素人料理みたいで芸がないよ、まったく!
そんなことを考えながら、帰りのバスに乗り込みました。

「味噌たこ焼き」なるものを片手にぶら下げながら。
  1. 2006/01/30(月) 18:41:10|
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街の灯よ ありがとう

スカラ座が閉まる―――

そのニュースに、僕の目はくぎ付けになった。
京都のシンボルがまた一つ消えていってしまう・・・。
にわかには信じられなかった。

僕の母親は根っからの京都人で、若かったころの思い出をよく僕に聞かせてくれた。通っていた女子大、京大生の彼氏、哲学の小道を並んで歩いたこと。
貧しかったけどエネルギーが満ちていた時代。
母が語る京都はまぶしかった。

そんな母がたまに連れて行ってくれる京都は、いつも決まっていた。
本屋なら丸善。
喫茶店ならイノダコーヒー。
そして映画館ならスカラ座、といった具合に。

丸善がなくなってしまったとき、僕はさみしくて悔しくてどうしようもなくて、“工事中”のフェンスの前でこぶしを握り締めた。
また一つ僕の京都がなくなってしまう・・・。
今日と明日がスカラ座のラストショー。
僕は迷わず映画館に駆け込んだ。

今回閉館するのはスカラ座だけではなく、京都宝塚劇場と京極東宝も含めた三館同時閉館。
どれも何度もお世話になった映画館ばかりだ。
今日と明日の二日間で、計16本の名作映画が上映される。
数々の輝かしい傑作の中から、僕は「十戒」と邦画の「また逢う日まで」を選んだ。
感想もクソもない、どっちも素晴らしい映画だった。

「面白かった」だとか「泣けた」だとか、そんなことはどうでもよかった。
映画っていうのが単なる娯楽なんかじゃなく、ときにはもっと大きな何かになるっていうこと。
その作品に関わった人だけではなく、その時代を生きた人々の人生というか魂というか、もしかしたら怨念とか祈りとかいったもの。
手を伸ばしても決して届かなかった輝きや、そっと抱きしめてうずくまって泣いてしまいそうな幸せや、そういう大きな大きなもやもやしたかたまりのようなものを、歯を食いしばってでも受け止めなくちゃならないんだなっていうことを、教えてもらった気がする。
スカラ座の最後を飾るにふさわしい映画だった。

かつて丸善があった場所は、今はカラオケ店になっている。
たった一つの果物が支配していたあの静寂と緊張の空間を、けばけばしいネオンの光がぶち壊してしまった。
70年のあいだ河原町を見守ってきたスカラ座も、明日その役割を終える。
京都という街は、決して止まろうとはしない。
それを進めるのは人間のエネルギーだ。
幾多の権力者たちの、民衆の、学生たちのエネルギーが、この街には今もうごめいている。
ガイドブックを片手に訪れる数々の旅行者たちは、その影を見ているにすぎない。
この街の本質は住んだ者にしかわからない。
丸善が犯され、スカラ座が消え、僕はまた一つこの街が好きになった。

映画館から出ると外はもう星空だった。
僕は自転車にまたがり走りだした。
夜の川はしんとして今日も寒い。
暗い夜空を見上げて、僕は思いっきり息を吸い込んだ。
鼻の頭がつんと痛く、ハンドルを握る手は凍えるほど冷たい。
おなかの奥底に、暖かい空気がしみこんでいった。
  1. 2006/01/28(土) 23:52:54|
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